原作 眉村卓

1934年生まれ。大阪府出身。
61年の「下級アイディアマン」で第1回空想科学小説コンテスト(のちのハヤカワ・SFコンテスト)に佳作入選し作家デビュー。以降、数多くのSFやエッセイ、ジュブナイル小説を執筆する。02年に悦子夫人をがんで失う。

経歴

1934年に大阪府大阪市で生まれる。大阪府立住吉高校を経て1957年大阪大学経済学部卒業後、大阪窯業耐火煉瓦株式会社(現:株式会社ヨータイ)に入社、日生工場(現岡山県備前市日生町)転勤[2]。1958年、大阪窯業耐火煉瓦株式会社退社、株式会社大広の嘱託コピーライターとなる一方で、1960年からSF同人誌『宇宙塵』に参加する。1961年に「下級アイディアマン」が第1回空想科学小説コンテスト(のちのハヤカワ・SFコンテスト)に佳作入選しデビューする。

1963年には会社を辞め、初めての単行本である処女長編『燃える傾斜』を発表、専業作家としての活動を開始する。1979年には、『消滅の光輪』にて第7回泉鏡花文学賞および星雲賞を受賞した。1987年に『夕焼けの回転木馬』で第7回日本文芸大賞を受賞し、1996年には『引き潮のとき』で2度目となる星雲賞を受賞した。インサイダー文学論を提唱し、組織と個人の葛藤を作品のテーマとしている。また多数の短編SFやエッセイ、ジュブナイル小説を執筆した。作家活動以外ではラジオパーソナリティも務めた(『チャチャヤング』(毎日放送)、『男のポケット』(FM大阪))。

ジュブナイル小説の代表作にはNHK『少年ドラマシリーズ』などでテレビドラマ化された『なぞの転校生』、『ねらわれた学園』などがある。ジュブナイル小説の多くが絶版となったが、2003年から講談社の青い鳥文庫から4冊が復刻されている。

また、福島正実が創設した作家、翻訳家、画家等の集団「少年文芸作家クラブ」にも参加した。「覆面座談会事件」で福島と仲たがいした他のSF作家たちが会から脱会したのちも、光瀬龍とともに会に残った。また、1974年には福島と長編『飢餓列島』を共作している。

2008年現在、大阪芸術大学大学院の芸術研究科教授、平安女学院大学文化創造センター客員教授を務めている。

2009年11月に、癌で2002年に死去した夫人に日々、自作のショート・ショートを捧げた実話をもとにした、映画『僕と妻の1778の物語』が製作発表され、東宝配給で2011年1月に公開された。

おすすめ

作品

小説

原則として初版出版。多くが後に文庫化された。短編集は収録作品を変更して発行されていることが多い。

1960年代

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

エッセイ

翻訳

テレビドラマ化された作品

映画化された作品

アニメ映画化された作品

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